6Mar
MY STORY
~4th STAGE 諦めない心〜
STORY15 運命を変えた電話
1浪生活が終わり、私はついに大学生になりました。
もちろん、第一志望ではありません。
悶々とした気持ちのまま通学する日々で、そこに夢や希望を抱けないでいました。
だけど、いつまでも引きずっているのは、私の性格上合わないと思い、
頑張って後ろを振り切って、前に向かって歩かないと!と、必死で心を鼓舞して、未来を描こうとしていました。
少し大学生活にも慣れ始めた4月末、一本の電話が掛かって来ました。
電話の相手は、浪人時代の塾の仲間でした。
「あ、久しぶり!めうみちゃん、どうしてる?私ね、不合格だったんだ…」
そうか…。彼女も落ちたんだな。
ホッとしたような、切ないような、何とも言えない気持ちになった私。
彼女は、一度も海外生活の経験がなく、無謀と言われても、どうしても上智大学比較文化学部に行きたいと、切に願い、努力していた頑張り屋さんでした。
しかも、私より年齢が1歳年上で、私が1浪していた時、彼女は既に2浪していました。
さすがに3浪は厳しいでしょう。
もちろん、彼女もどこかの大学に入学して、新しく大学生活を送っているとばかり思っていましたが、何とまさかの3浪生活に突入しているとのこと…。
ウソでしょ?
正直、往生際の悪い彼女に、半分呆れそうになっていました。
だけど、私の心のどこかにも、「諦められない気持ち」が存在していて、
その火種を必死で消して回っていた時です。3浪できる彼女が、羨ましくもありました。
「大学はどう?」
彼女に聞かれても、明るく答えられない私。
「うん。まあね。正直つまらないの…。特徴が無いと言うか。カラーが無いの。周囲も、みんな元気ないように見えちゃうし。
一言で言うと、私には合わないかな(苦笑)」
「そっか…。電話の声も何だか元気ないね…。あのね、今日電話したのは、もう一回上智受けてみない?っていう未来志向のお誘いのためなの」
「え~?マジで?う~ん…。私はもういいかな。あんなに辛い浪人生活は、こりごりだもん。凄く孤独だったし、追い詰められたし」
「でもさ、私たち、あと一歩だったと思わない?私はそう思っているよ。最後の追い込みが、ちょっと足りなかっただけかもしれないなって。そこでね、最後の最後に、本気で背中を押してくれる塾を探したの。そしてね、見つかったのよ!ねえ、一緒に通わない?」
流石に、私はもう大学生になっていたし、
しかも入学金も授業料も払い込んで、既に歩き出しているから、無理だよって思ってしまいました。もう、遅いよって…。
だけど、彼女は諦めません。
「私ね、実はもう、その塾に通っているの。早速、先日受けたTOEFLのスコアがね、上がったのよ!凄くない?手ごたえがあったのよ!」
と。
「え?TOEFLのスコアが上がったの?」
あんなに苦しんだTOEFL。
あの地獄の日々を思い出すと、胃液が上がって来るような苦しさを覚えてしまう私。
だけど、もう一度チャレンジしたいという気持ちは、ゼロではなく、くすぶった気持ちは確かに心の奥にありました。
彼女の思いがけない告白に、その心が呼び起され、私の闘争心の薪に火がついてしまいました。
…彼女に負けたくない!私ももう一回チャレンジしたい!!!
そんな気持ちが沸々と湧いてきました。
今私が聞いている情報は、もしかしたら一生を左右する大事なものかもしれない。
それなのに、無かったことにして、ただ、顔色を失くしたまま、今の学校に通い続けるのは得策じゃないよね?
彼女は、再び我武者羅に頑張っているし、もしかしたら、今度こそ受かってしまうかもしれないじゃない。
その便りを聞いたら、私、きっと後悔する!!!
「ねえ、私もやってみたくなったよ。その塾教えて!!!」
何と単純な私。そして、負けず嫌いな私。
だけど、戦略が無かったわけではありませんでした。
今度チャレンジするのは、秋入学の試験だったからです。
通常の日本の大学は、4月に始まりますが、帰国子女の多い比較文化学部は、欧米の学校に合せて、秋にも入学者を募っているのです。
もうひと踏ん張りしたら、夏前には結果がわかるのです。
もう、あの苦しい日々を1年も続けなくて良いのです。2か月間、命がけで頑張ってみるというのも、面白いし、短期決戦なら頑張れる気がしました。
よし!やってやろう!
今度ダメだったら、本当に縁が無かったんだし、そこで諦めがつくじゃないの!
自分を追い込んで、追い込んで、追い込んで、頑張り抜いてみよう!
1997年4月末。
私は、再び受験生に戻りました。彼女と一緒に頑張ることを決意したのです。
タイムリミットは、60日。
花岡めうみ。人生大一番の勝負に出ました!!!
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